本記事について 100社のCTO/CIO (=情報システム部門の最高責任者) への匿名取材を基に構成。回答企業は東証プライム上場企業60社、未上場40社(売上100億円以上)。実名は本人の許諾を得たもののみ掲載。
うちはまだ"お試し"をやっています」──2026年春、ある大手メーカーのDX推進室長は、苦笑いを浮かべながらそう答えた。ChatGPTのような生成AIが世に出てから3年。海外の先進企業はすでに「AIを前提にした仕事のやり方」へと切り替えつつある。だが日本の現場では、「本当に使えるか試してみる小さな実験(PoC=ピーオーシー)」が、いまも各部署で何度も繰り返されている。「試す」だけで「使う」にたどり着かない。これが、いまの日本企業の現実だ。

01「試して終わり」が止まらない

取材した100社のうち、生成AIを実際の業務で本格的に使っている企業はわずか12社だった。残りの88社は、いまだに「お試し」の段階か、お試しが終わった後で「本番で使うかどうかは保留」となっている。理由として最も多かったのは「効果をどう測ればいいか決められない」(47社)、次が「セキュリティ部門のOKが出ない」(38社)だった。

ある銀行のCIOはこう語る──「議論はもう、技術の話じゃないんです。誰がリスクを背負うのか、誰が責任を取るのか。そこを決めるのに1年かかっている」。日本の企業は、本来「慎重に決める」ことを美徳としてきた。だがAIの世界では、その慎重さが、「決めない」というひとつの結論として固まりつつある。

02三つの根深い病

取材を通じて見えてきたのは、大きく三つの問題だ。第一に「責任の押しつけ合い」。情報システム部、法務、コンプライアンス、業務部門──それぞれが「ノー」と言える権限は持っているが、「これでいこう」と決める権限は誰も持っていない。第二に「効果の数字を求めすぎる」こと。AI導入の検討時に「3年先まで、いくら儲かるかを数字で出してほしい」と要求する企業が65%にのぼった。誰にも未来は読めないのに、未来の数字を出さないと始められない。

そして第三が、最も根深い「現場の声が届かない」こと。AIを入れようと検討しているのは、経営企画やDX推進室といった本社部門。一方、毎日その仕事を回している現場の人たちには、ほとんど話が来ない。だからお試しのテーマが、現場の本当の困りごとからズレてしまう。あるメーカーの工場長は、こう端的に言い切った──「上から降ってくるAIは、いつだって私たちの仕事を分かっていない」。

議論はもう技術の話じゃない。
誰がリスクを背負うのか、
そこを決めるのに1年かかっている
— 都市銀行CIO(匿名)

03本番に進めた12社の共通点

では、本番運用にたどり着いた12社は何が違ったのか。共通点は三つあった。(1) 経営トップが期限を切ったこと。「半年後にはこの業務をAI化する」と社長自らが宣言した企業では、部門間の調整が一気に進んだ。(2) 完璧を求めなかったこと。AIの正解率が95%でなく80%でも、「最後は人間が確認する」という前提で動かし始めた企業ほど、AIが学習して結果的に賢くなっていった。

そして(3) 現場が主導して「小さな成功」を積み上げたこと。最初から全社で使おうとせず、特定の課やチームで始めて、「ここで効果が出ました」と見せてから他部署に広げる。この順番を守った企業は、社内の政治的なやりとりに消耗せず、自然に広がっていった。

12/100
本番で使えている企業数
2.1
お試し開始から本番化判断までの平均期間
65%
3年先の効果試算を導入条件にした企業
218%
同期間における米国企業の本番導入率増加

042年の遅れは取り戻せるか

2年の遅れは、致命的なのか。取材した専門家の意見は分かれた。悲観的な見方は「AIを前提に仕事を組み直した企業との差は、もう埋まらない」と言う。楽観的な見方は「日本企業の真の強みは、技術そのものよりも運用の細やかさにある。だから後から始めても勝てる」とする。

ただ、確かなことがひとつある。「お試し」を永遠に続けることはできない、ということだ。決断を先延ばしにしている間にも、海外企業は実際に使って得たデータをもとに、次の判断をどんどん速くしている。経験の差は、時間とともに、ねずみ算式に開いていく。

ある経営者は、取材の最後にこう漏らした──「決められないことが、いちばんのリスクだと、ようやく分かってきた」。沈黙の時代が終わるかどうかは、技術の問題ではなく、「腹を括れるか」という覚悟の問題なのかもしれない。

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